尾鷲への入り口

「日本の森が危ない」
そう言われはじめて久しい。しかし、人は自分との直接の関わりが目に見えて現れてこないと、なかなかそのことの意味を考えにくいものだ。かくいう自分もその一人だった。

これまで、きっかけは何度かあった。
独立前に勤めていた小野寺康都市設計事務所では、確か僕が入社して2年目からだったと思うが、宮崎県油津港の堀川運河再生事業に関わっていた。その後、同じく宮崎県の日向市駅プロジェクトにも関わることとなる。宮崎県は全国でも有数の杉の産地である。しかし、日向市における耳川水系の杉も、日南市の飫肥杉も、いまやその行き場を大きく縮小され、山主たちは先祖から受け継いだ自分たちの山をいかにして存続させていけばいいか全く先の見えていない状況にあった。

これらのプロジェクトの詳細については「新・日向市駅」や「都市の水辺をデザインする」(いずれも彰国社刊)を参照していただきたいが、日向市駅や堀川運河夢見橋のプロジェクトは、宮崎という地域の歴史や誇りを体現する「杉」という材料を、駅舎や橋という、構造物としては最もハードな環境にあえて用いるという、きわめてチャレンジングなプロジェクトであった。

つまりそれは、そうまでしてでも杉という材料を地域のシンボルとして用いる理由があったということである。

油津木橋

日南市油津木橋「夢見橋」

設計:小野寺都市設計事務所

日向市駅

JR日豊本線 日向市駅

設計:内藤廣建築設計事務所

当時、自分はこれらのプロジェクトを直接担当しておらず、自分の抱える別の課題に向き合うことで精一杯だったというの正直なところだ。だから、宮崎の森で何が起こっているのか、全国の山で何が起こっているのかを、自分の問題として本気で考えたことが無かった。日向での取り組みの中から産声をあげた、デザイナー南雲勝志さんを中心とする日本全国スギダラケ倶楽部の活動についても、そのころはまるでピンと来ていなかった。

2008年小野寺事務所を退社し、新たに会社をたちあげてから数ヶ月が経った昨年9月ごろ、東京大学都市工学科の羽藤英二准教授から「三重県の尾鷲地域で新しい林道・作業道の規格づくりと、ルーラルコアとしての森づくりのプロジェクトがあるが、参加しないか」とのお誘いを受け、お引き受けすることとした。
これが尾鷲・三木里の森との出会いであり、同時に日本の森(人工林)について改めて対峙する入り口となった。 (Y)

尾鷲

尾鷲市・三木里の森

■ 内藤廣建築設計事務所

■ 小野寺康都市設計事務所

■ 日本全国スギダラケ倶楽部

 

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