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ぼり散歩 #3

 

パリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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明智のもろもろが竣工しました。

 

昨年のことになりますが、恵那市の明智駅周辺整備が竣工しました。

駅前広場、浪漫亭前広場の基本設計と駅前交流施設の建築設計監理を弊社が担当。11月に大正100年祭に合わせて開業式典が行われたので、お邪魔してきました。

バス・タクシー、一般車が錯綜し煩雑な印象だった駅前は、交通結節点としての機能は満たしながら、歩道やウッドデッキを設けることで「人のための居場所」として整備されました。

 

待合機能を持つ交流施設は広場に対して開放的なつくりとし、将来の多様な使用に対応するため、合掌梁の架構による無柱空間としています。飲食店が地元住民の方によって運営されています。

 

まちなかへのエントランスである浪漫亭前広場は、イベント等に使用できる広いスペースとせせらぎや店舗による日常的な憩いの場をゆるやかにつなぎ、多様な利用に対応できる形態としています。せせらぎ沿いに進むと大正時代のたたずまいが残る「大正路地」につながります。イベントでは焼きサンマなどが振る舞われ、凄い人出でした。

 

年末に写真撮影のため、改めてカメラマンの方と一緒に伺ったところ、雪が積もっていて撮影できず。竣工写真は桜の咲く頃に。。。

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ぼり散歩 #2

 

ロンドン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京2050展

 

本日、羽藤先生によるギャラリートークが行われました。
展示会場の様子を少し。

※トーク中の写真はeauの山田さんに頂戴しました。ありがとうございます!

 

東京2050//12の都市ヴィジョン展

平成23年9月24日(土)~10月2日(日) 11:00~19:00(最終日は〜16:00)

会場:丸ビルホール ※入場無料

今週末10/2(日)16時までです。

是非いらしてください。

最終日は我々も顔を出そうと思っています。 (Y)

 

 

渋谷2050

東京2050//12の都市ビジョン展が始まった。

今回の提案を考えるにあたり、1年ほど前から羽藤先生と議論していたのは、高齢化と人口減少による都市の非−中心化、モビリティのクラウド化といった、こ れから確実に起こりうると予測されるマクロな変化を実空間の都市に落とし込むことだった。山手線ネックレスのコンバージョンと郊外の関係を、リニアの開通 により東京の新たな中心となるであろう品川を中心に考えようとしたこともある。対象地を渋谷としたのは、年明けくらいであったと思うが、ターミナルハブから通過駅への変化、東急沿いに代表される惑星都市の台頭により、都市の非中心化、解放系から閉鎖系への変化が最も顕著に現れるであろう場所だったからだ。

これらのテーマは最後まで主要な要素であり続けたが、3月11日におこった東日本の震災は、今回の展示にとっても大きな転機となった。現代の変容し弱体化した人々の紐帯をいかにして新しい形として生み出せるかということが、いま再び考えるべき喫緊のテーマとして立ち上がった。

4月に回った被災地で見た、気仙沼の光景が忘れられない。静かな水面に崩れたタンクが映り込み、夕日を背に美しいとしか言いようのない 風景を作り出していた。何千もの命を奪った土地で見たその美しさが何を意味しているのか、明確な答えはまだ見つからない。しかし、そこで強く感じたのは、復興の過程でこの喪失の光景を失ってはならないのではないかということである。少なくとも、それが自分たちの世代に架せられた責務であるような気がしている。

これからの未来において、日本の社会は物質的に「豊か」にはならないだろう。少なくともこれまで日本が目指してきた価値観に照らせば、ここから先の社会は「成長」しない。震災 を経て、いよいよその現実から誰もが目を背くことは出来なくなった。何かを「足す」ことによって未来像を示すという手法では、もはや未来を示すことは出来ない。震災という巨大な喪失の想定のもとで、都市と人々がどのように立ち上がっていくか、そのために考えるべきことは何かを表したかった。
今回の提案は幅広いテーマを持っている。制度、紐帯、医療、モビリティ、等々、羽藤先生を中心とする東大チームのスタディにより、都市が立ち上がるための様々な視点が掘り下げられている。イントロダクションとしての動画では、都市という巨大な装置の中で弱体化した個人が自然(ジネン)の力を取り戻し、立ち上がろうとする姿を描いている。まさにコーディングの真骨頂とも言えるマイクロシミュレーションでは、平時、災害発生時、災害一年後の人々の動きを再現することにより、コードにより立ち現れる人々の姿を記述するその可能性を示している。

これら多岐にわたる今回の我々の展示において、隠された重要なメッセージは「過剰な真剣さ」である。本当は東京に震災などこないと思うのか。閉鎖系都市など出来ないと思うか。壁は、卵は?あるいはグランドコモンの巨大な墓は。こういったことを過剰なまでに真剣に考えることが求められている。「こうなるだろう」、あるいは「こうしたい」「こうなったらいいな」という将来像を示すことよりも、我々は、いま我々が考えなければならないことを結晶化させることを選んだ。それは結局、透明で綺麗なクリスタルなどではなく、不純物だらけの錆びた青い塊として立ち現れることとなった。 (Y)

 

■東京2050//12の都市ヴィジョン展

平成23年9月24日(土)~10月2日(日)11:00~19:00
会場:丸ビルホール  ※入場無料

http://tokyo2050.com/

 

気仙沼の風景 2011.04.18.

 

記事掲載

エンジニア・アーキテクト協会のWEB機関誌に

弊社吉谷の記事が掲載されました。

 

ぼり散歩 #1

 

ヘルシンキ

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事務所を移転しました

千駄ヶ谷から渋谷に事務所を移転しました。

近くにお越しの際は是非お立ち寄り下さい。

横浜育ちの私にとって、渋谷は東京の玄関口であり、「お出かけ」するところでした。

これからは日常を過ごす場所になりますが、どのようにまちの印象が変わっていくか楽しみです。
(S)

 

尾鷲の作業道・作業土場

尾鷲の三木里で作業道および作業土場ができてきました。

かつては棚田状の水田だった場所に、床柱用のスギを植えた森です。
我々が訪れた昨年の秋には行き止まりの作業道が一本あるのみで、
その作業道も雨で「賽の河原」となっておりとても車が入れる状態ではありませんでした。

ここに、林業施行用の新たな作業道を通し、既存の農道とつないだネットワークを作ります。
また、後述するようにこの地域ならではの作業道規格を実験的に作ることも目的となっています。

作業道整備前の森:
ついこの前まで、間伐も出来ずに光の入らなかったうっそうとした人工林でしたが、
ここに道ができ、光が入り、新たな視界が開けることで予想を超えた風景の変化が生まれました。
道を通すという行為の、単純だけど根源的な風景を変える力。

整備後の森

円形土場

円形土場(駐車帯):
これから森林を動かし、サプライチェーンとして機能させるためには、
小規模山主による森林所有と管理を区分し、広域にわたる作業道ネットワークを基盤とした
効率的な林業施行管理体系の確立が必要となります。
今回の作業道整備は単一所有の森林で完結していますが、今後の広域への展開を見越し、
半径10m程度の円形土場(駐車帯)をネットワークのハブとして設置しています。

作業道:
傾斜が大きく降雨量の多いこの地域では、一般的な作業道規格では一度の雨で車の通れない道と
なってしまう。このため、地域に合った新たな作業道規格が求められています。
ここでは実験的に、現場発生のぐり石層50cm、同じく現場発生のレキ層15cmの上に、表層を15cm厚の
コンクリート舗装の3層構成としたうえ、水の流路を見極め、必要箇所に洗い越しを設けています。

スギの間伐材:
作業道・作業土場開設の過程で、何本もの間伐材が発生します。
これらを上手く利用し、素人でも組み立て可能な小屋(シェルター)を地元の大工さんと一緒に考え、
グリーンツーリズムのプログラムと組み合わせながら、実際に現地に組み立てることを検討していきます。
スギ皮などを使った屋根など、現在検討中。

(Y)

 

会社名のこと

 
「若いのにずいぶんカタイ会社名だねえ」 我々の会社名について、そのようにいわれることがたまにある。
堅実そう、古風だ、という意味だと思うが、言ってくださるのはどちらかというと年配の方に多い。設計事務所で、しかも公共の仕事が多い我々にとって、名前が与える信頼感は大切だと考えているので、「カタイ名前」と言ってもらえるのはある意味とてもありがたいことである。

 

一方で、「何だかカッコイイ(今風な)名前ですね」と言っていただくこともある。
これは比較的年の近い人に言われる事が多い。設計(デザイン)事務所であるにもかかわらず、カタカナやアルファベット表記でないことが逆に新鮮だという印象を与えるらしい。これもまあ、かっこいいと言われて悪い気はもちろんしない。
 
 
会社立ち上げを目前に控えた2009年の春、いざ社名を決めようと考えたこのときから、「古くてかつ新しい」感覚というのは意図していた。だから、社名を聞いた人によってカタイとも新しいとも言ってもらえるのは、いわば思惑通りとも言える。
しかしそれは、単なる語感の問題として考えていたのではもちろんなく、自分たちが目指している価値観に通じているからだ。

 

古くもあり新しくもあること。
それは我々がつくりたいものに対する価値観でもあり、同時に、未だ不安定な自分たちの社会的なスタンスの問題でもある。

 
(Y)